日本よ、侍国家たれ。

日本は「サムライ国家」としての意気を示し、いわれなき批判を仕掛けてくる不届き国家に対し、断固反論しなければならない。

●超親日国 パラオ

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パラオに語り継がれる日本軍の戦い

 

日本列島の真南約3200キロに位置するパラオ共和国は、美しいサンゴ礁に恵まれた、ダイバーにとっての「楽園」である。青地を背景に満月が描かれた国旗は、日の丸を参考にしたとの説があるほど、親日的な国柄でも知られる。

 

▼今年8月、2つのテレビ局が戦争の特別番組で、パラオペリリュー島を取り上げていた。約4万2千人の米軍が上陸したのは、昭和19年9月だった。中川州男(くにお)大佐率いる約1万2千人の日本軍が、迎え撃つ。島民は別の島に退避していた。

 

▼日本軍はそれまでの万歳突撃の戦法を改め、持久戦に持ち込み、圧倒的な戦力を誇る米軍に大打撃を与えた。アメリカ太平洋艦隊司令長官ニミッツも驚嘆したその戦いぶりは、約3カ月後の「硫黄島の戦い」にも引き継がれる。

 

▼ただし、日本兵の生還者があまりにも少なく、語られる機会がほとんどなかったことから、「忘れられた戦場」となってきた。しかし、天皇、皇后両陛下は長年、故郷を遠く離れた南の島で犠牲になった人々に、お気持ちを向けられてきた。平成17年6月には、米自治領サイパンを訪ね、「バンザイクリフ」で黙祷(もくとう)をささげられた。その際にも検討されたパラオへのご慰霊の旅が、戦後70年となる来年の4月にも実現しそうだ。

 

▼ちょうど日本では、花見の季節である。中川大佐が、日本軍の玉砕を伝えた最後の暗号電文は、「サクラ、サクラ」だった。現地を訪れたジャーナリストの井上和彦さんによると、島民にとって、日本軍は「英雄」だった。

 

▼彼らの勇気と敢闘を称賛する「ペリリュー島の桜を讃(たた)える歌」まで存在するそうだ(『日本が戦ってくれて感謝しています』)。両陛下が、そのメロディーを耳にされる機会もあるのだろうか。

 

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