日本よ、侍国家たれ。

日本は「サムライ国家」としての意気を示し、いわれなき批判を仕掛けてくる不届き国家に対し、断固反論しなければならない。

●これが本心なら、嬉しいことだ。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20141007-00000012-xinhua-cn

 

7年も日本にいたから・・と東日本大震災で帰国した中国人が後悔、「もう慣れてしまった」―中国メディア

XINHUA.JP 10月7日(火)7時27分配信

7年も日本にいたから・・と東日本大震災で帰国した中国人が後悔、「もう慣れてしまった」―中国メディア

 

中国メディア・花生網に3日、「帰国後の後悔 帰国後に初めて知ったこと」というタイトルの文章が掲載された。文章では日本に7年間住んだ中国人が帰国したさいに覚えた後悔の気持ちについてつづられている。内容は以下のとおりだ。

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2014年9月で、日本から帰って来て3年半が経過した。東日本大震災放射能漏れの影響によって、多くの中国人が日本を離れたが、私もその1人だ。帰国後、金持ちの家柄でもない自分が下した帰国の決定がかくも愚かなことだったということに、初めて気づいた。

それから、日本への思いがどんどん募るようになっていった。

日本にいたころ、学校を卒業したばかりの私は自分の能力によって年収400万円の仕事を見つけることができた。職場に複雑な人間関係はなく、自分のことをやっていればよかった。帰国後、中国では何をするにもコネクション、人脈が必要であり、上司にこびへつらう能力がより重要であることに気付いた。身も心もヘトヘトだ。

日本にいるときには、年間10数日の有給休暇が付いていた。そして、数えられないほどの法定祝日もあった。帰国後、中国では電話の電源を毎日365日切ってはならず、上司の呼び出しを待っていなければならないということに気付いた。

日本にいるときは、600円でご飯とスープ、デザート付でおかずの量も十分なランチが食べられた。帰国後、同じレベルのランチが東京の2倍の金額を出さないと食べられないことに気付いた。なのに、帰国後の給料は日本にいたときの半分以下なのだ。

日本にいるときは、職場のある街に100平方メートルあまりの高級マンションを、内装を加えても7、8年分の給料分で買える。帰国後、7、8年分の給料では、トイレしか買えないことを知った。

日本にいるときは、コンビニエンスストアでたばこ一箱や酒一本、さらには消しゴムを一つだけ買っても、店員は礼儀正しく、親切だった。帰国後、スーパーマーケットのレジ係がみんな顔をこわばらせ、眉間にシワを作り続けていることに気付いた。

多くの事柄において、恐ろしいのは対比すること。日本に行っていなかったら一生この差は意識しなかっただろう。残念ながら私は7年も日本に居てしまったのだ。

7年はあまりにも長く、私を日本の生活スタイルにならせるには十分だった。日本のコンビニ店員のスマイル、青く広がる空に清らかな川……みんな慣れてしまったのだ。

現在、帰国したことで得られたのは、日本より高い不動産価格、日本と同じ物価、ひどい環境、落ち着きのない同胞……そして、日本時代の半分にも満たない給料だ。

少なくとも自分にとっては、帰国は悪夢だった。しかも永遠に覚めることのできない悪夢なのだ。


(編集翻訳 城山俊樹)