日本よ、侍国家たれ。

日本は「サムライ国家」としての意気を示し、いわれなき批判を仕掛けてくる不届き国家に対し、断固反論しなければならない。

●世界の国々のクリスマスデザート!

http://www.huffingtonpost.jp/triport/christmas_b_6364452.html?utm_hp_ref=mostpopular

【甘いもの】クリスマスには何食べる?世界のクリスマスデザート10選

 

そろそろクリスマスですね!

日本でクリスマスにイチゴのショートケーキを食べるのが当たり前ですが、他の国で何が食べられているかご存知ですか?実は、伝統的なクリスマスデザートは国それぞれですが、日本のようなイチゴケーキはなかなかないようです。正直に言いますと、日本に住んでいる欧米の人から見ると真冬でイチゴを食べるのが不思議でたまりません。

というわけで、今日は世界の国々の食卓を覗きながらクリスマスデザートとその歴史を紹介します。

(1) パネットーネ/イタリア


2014-12-22-1medium_6527569819.jpgphoto credit: Nicola since 1972 via photopin cc

イタリアの伝統的なクリスマスデザートとは「パネットーネ」をいいます。15世紀にミラノで生まれたお菓子で、いろんな伝説に囲まれています。

ひとつの伝説によると、ミラノ公のルドヴィーコスフォルツァが大きなクリスマス会を開催していましたが、料理人がお菓子を焦がしてしまったそうです。そこで若い徒弟が新しいお菓子を作るために残っていた材料を使ったといわれています。それは小麦粉、バッター、卵、シトロンの実と干しブドウだけでした。

徒弟の名前はトニだったので、新しいお菓子にパネットーネ(「トニのパン」)と名前づけられたとか。

(2) パブロバ/ニュージーランド、オーストラリア


2014-12-22-2medium_5258753732.jpgphoto credit: IrenicRhonda via photopin cc

パブロバとは、メレンゲに生クリーム、キーウィやイチゴのオーストリアニュージーランドのお菓子をいいます。新鮮な果物がいっぱいで、とてもフレッシュなデザートですが、よく考えるとそれは当たり前でしょう。なぜなら、オーストラリアとニュージーランドは南半球に位置しているため、真夏にクリスマスを迎えているからです。

誰が初めてパブロバを作ったかは、未だに謎です。しかし、1926年にロシア人の有名なバレリーナのアンナ・パヴロワがオーストラリアとニュージーランドをツアーしてから、このお菓子の名前とレシピが登場したと言われています。アンナ・パヴロワは当時の偉大なバレリーナと評価されて、「彼女は踊るのではなくて、翼がついているように舞い上がる」と言われていました。そういう軽やかなイメージからパブロバという軽いデザートが生まれたとか。

オーストラリアかニュージーランドか、パブロバがどこではじめて作られていたか未だにはっきりされていませんが、両国にとっても誇り高い国民食だそうです。

(3) プリャニキ/ロシア


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プリャニキとは、ジャム、キャラメルか蜂蜜入りの香辛料で作られた甘いパンをいいます。「ロシアン・ジンジャーブレッド」とも呼ばれているそうです。プリャニキという名前はロシア語の「pryany」(香辛料を入れたもの)という言葉から来ているそうです。

はじめてロシアに登場したのは九世紀で、「蜂蜜パン」と呼ばれていましたが、ロシアがインドや中東との貿易をするようになってから、香辛料がプリャニキを作る際に欠かせない材料になったとか。

プリャニキはクリスマスだけではなくて、一年中食べられています。特にコーヒーや紅茶と一緒に食べることが多いそうです。

(4) ボーロ・レイ/ポルトガル


2014-12-22-43109788087_32832b7e75_b640x480.jpgPhoto Credit: sf2london via Compfight cc

ボーロ・レイは「王様のケーキ」という意味で、ポルトガルの伝統的なクリスマスデザートです。小麦粉、砂糖、卵、そしてポートワインと砂糖付けの果物で作られています。

19世紀にはじめてポルトガルに登場したお菓子で、当時はリスボンのお菓子屋さん「Confeteria Nacional」がフランスの「gateaux de rois」を真似て作ったそうですが、どんどん普及してポルトガル文化の一部となってきました。

昔はお菓子屋さんがボート・レイの中に金貨と豆一個ずつ入れていましたが、現在豆を入れる習慣だけ残っています。罰ゲームのようにボーロ・レイを食べるときに豆を見つける人が次のボーロ・レイを買わないといけないことになっています。

(5) ブッシュ・ド・ノエル/フランス、カナダ


2014-12-22-52703281325_44d0a8b747_o640x504.jpgPhoto Credit: It's_Amy! via Compfight cc

ユールログとも呼ばれているこのお菓子は、丸めたスポンジケーキにチョコレートクリーム、キノコの形のメレンゲ、マルチパンなどを使って、木の幹の形で作られています。

ユールログの歴史はヨーロッパの鉄器時代に遡ります。当時ヨーロッパに住んでいたケルト族の人とゲール族が冬至に集まって、昼が長くなっていく日を迎えて冬の終わりを祝っていました。その日に「ユールログ」と呼ばれる大きな薪を燃やす火を囲んで、「太陽の復活」を祝う宴会が行われていたようです。

キリスト教の影響でこの習慣は少しずつ変化してきて、クリスマスイブの夜に 暖炉の中で12日間小さな木の幹を燃やすようになりました。そして、中世にその幹の形を真似たお菓子が登場したとか。19世紀にパリで人気のクリスマスお菓子になって、カナダなどへと伝わりました。

(6) クリスマスのシュトレン/ドイツ


2014-12-22-63069833176_c2102bffb7_b640x439.jpgPhoto Credit: Zeljko's Pastry World via Compfight cc

今のクリスマスのシュトレンは、バターがたっぷり入っている生地にシトロンの実と干しブドウの酸味が合わさり、とても甘くておいしいです。

このレシピは15世紀に登場したと思われていますが、中世に作られていたクリスマスのシュトレンは甘くなくて、あまりおいしくなかったと言われています。なぜかという、クリスマスのシュトレンは、断食を行うアドベントの時期(※1)に作られていて、小麦粉、酵母、水とオイルだけ使われていたからです。

また、当時は香辛料が非常に贅沢なものでしたし、教会がバターの利用も禁止していたため、とてもシンプルな材料を活かすしかありませんでした。ようやく15世紀にバターを使えるようになりましたが、当時は法王の許可が必要だったとか。

今のクリスマスのシュトレンは、もはや断食と関係ありませんが、キリスト教アドベントの伝統的なお菓子であり続けています。実は最初はシュトレンの形が産着にくるまれた赤ちゃんのイエス様を象徴していたようですが、想像しにくいですね......。

(※1)アドベント (Advent) は、キリスト教西方教会において、イエス・キリストの降誕を待ち望む期間のことである。日本語では待降節、または降臨節という。

(7) マコーヴィエッツ/ポーランド


2014-12-22-73551769470_7c3b6f06aa_o640x485.jpgPhoto Credit: sparkling_honeybee via Compfight cc

マコーヴィエッツとはポーランドのお菓子をいいます。一年中いろんな店で買えますが、クリスマスの伝統的なデザートでもあります。
小麦粉、砂糖、卵、牛乳とバターで作られた生地にひなげしの種からできているペーストを加えて、一緒に丸めます。

ポーランド語でひなげしとは「mak」といい、ひなげしの種はマコーヴィエッツのメインな材料です。ひなげしの種のペーストが、マコーヴィエッツをカットすると波のような形を作り出します。ハンガリー、ロシア、クロアチアなどにも似たようなお菓子があります。コーヒーや紅茶と一緒に食べることが多くて、東ヨーロッパやイスラエルで人気のデザートです。

(8)クリスマスプディング/イギリス


2014-12-22-811326916986_8c864df99f_b640x426.jpgPhoto Credit: memoryweaver via Compfight cc

クリスマスプディングとは卵、アーモンド、砂糖漬果実と香辛料で作られる伝統的なクリスマスデザートです。

14世紀に誕生したようですが、当時はまったく違う食べ物でした。それは、デザートではなくて、牛肉、羊肉、そして干しぶどう、カラント、梅、ワイン、香辛料で作られていたそうです。スープのような食べ物で、アドベント断食の時期に食べられていたとか。

16世紀にレシピが変化して、卵、ビールやお酒も使われていましたが、17世紀にピューリタンによって禁止されていました。18世紀にプディングを気に入ったイギリス王ジョージ1世のおかげでクリスマスの食べ物となって、ヴィクトリア朝に今日のレシピが出始めたようです。

昔はクリスマスプディングにコインを入れる習慣があって、コインを見つける人がラッキーになるといわれていました。また、コインの代わりにボタンや指輪も入れることがあって、それを見つける人が翌年独身になる、あるいは結婚すると考えられていました。

(9) ヨウルトルットゥ/フィンランド


2014-12-22-9medium_4090431152.jpgphoto credit: kahvikisu via photopin cc

ヨウルトルットゥ(「joulutorttu」、クリスマスのタルトの意味)はフィンランドのクリスマスお菓子です。星の形をしていることから「ttähtitorttu」(星のタルト)とも呼ばれています。星の形のペストリーに梅のジャムを乗せる、とてもシンプルなお菓子です。フィンランドのクリスマスの家庭料理に欠かせないデザートです。

(10) トゥロン/スペイン


2014-12-22-104760790558_71e850fcec_b640x726.jpg Photo Credit: formalfallacy @ Dublin (Victor) via Compfight cc

トゥロンとは伝統的なスペインのクリスマスお菓子です。卵白、砂糖、蜂蜜で作られており、中にアーモンド、クルミ、ヘーゼルナッツやピーナッツが入っています。トゥロンはスペインだけではなくて、イタリアでも昔から作られています。トゥロンの起源は未だに謎ですが、ある説によると11世紀に中国からアラブ人によって運ばれたそうです。

スペインの伝説によると、トゥロンの歴史はスペインの町アリカンテがアラブ人のアリー王に支配されたときに遡ります。アリー王は異文化に興味をもつ人で、スカンジナビアの姫様イルダと結婚しました。イルダはアリーを愛していましたが、スペインに住んでいるうちに雪が恋しくなってきたのです。

次の春はアーモンドの花が咲いて、雪のように落ちるのを見ていたイルダが、一瞬だけ心を慰められました。妻の目の中にその喜びを見たアリー王は、アーモンドの木を一年中咲かせられないかと考えました

そこで、Jijonaという町の小さなお菓子屋さんがアーモンドでお菓子を作ろうと思いついたのです。一年中味わえるお菓子で、一年中花を見たときの喜びをイルダ姫に与えるためにトゥロンが誕生したわけです。春を思い出させるお菓子として生まれたトゥロンが、今では最も寒くて春が恋しくなる冬のお菓子になって、伝統的なクリスマスデザートとなったといわれています。

さいごに


世界中にクリスマスにまつわる習慣が様々ですが、同時に似ている国も多いです。食べ物の後ろに必ず歴史が潜んでいて、「食」を通して国と国が過去にどのようにつながっていたかを見るのもおもしろいです。今度旅に出るとき、その国の食べ物を味わいながら、どんな歴史があったのか探ってみてくださいね!

Buon viaggio e buon Natale!