日本よ、侍国家たれ。

日本は「サムライ国家」としての意気を示し、いわれなき批判を仕掛けてくる不届き国家に対し、断固反論しなければならない。

●日本じゃなく、お隣の南北朝鮮に行きなさい。その方が、お互いにいいだろう。

サービスが裏目に?日本に来てがっかりする中国人

 

せっかく日本に来ているのに?

私はもうかれこれ15年ほど中国と日本を行き来していますが、中国の人たちにとって、日本がとても行きやすい国になったことは間違いありません。とはいえ、ここまで対応が進むと逆にある懸念が生まれてきます。これは5年ぶりに日本へ旅行した筆者の友人の言葉です。

「5年前に日本に行った時と景色がまったく変わっていてびっくりした。街には中国人が溢れているし、驚くのは中国語の看板、POPが増えていること、店員さんが皆、中国語を話せること。確かに5年前とは比べ物にならないくらい便利になったけど、ちょっと日本に来ているという実感が持てないよね」

この感想はとても示唆的です。中国語の看板にPOP、中国語が話せる店員、中国語のサイト、それは便利で素晴らしいことです。ただ、これが行き過ぎると、せっかく日本に来ているのに興醒めしてしまう、というリスクが生まれるようになってきているのです。

従来、団体旅行で短時間の間に大量の買い物をすることが主な目的であった時代には、全てが中国語であることは効率よく買い物をする上でとても重要なことでした。

団体ツアーに参加する人たちにとって、日本への旅の目的は「買い物」そのものでしたから、極端なことを言えば理想は「安心して購入することができる日本商品が山ほど並んでいて品質・価格・サービスは日本レベル、POPの表示や店員さんの話す言葉は中国語」というものでした。つまり、日本のモノを安く安心して買うことができる本国のような環境を求めていたのです。

しかし時代は変わりました。以前のように観光バスで免税店に乗りつけて大量に買い物をして去っていくといった典型的な「爆買い」は少なくなり、逆に少人数の気心の知れた仲間で日本を訪れる個人旅行が増えてくると、日本に求めるものも以前とは違ってきています。

 

日本でしかできないことを味わいたい

一言で言えば、個人旅行者は「日本を楽しみに来ている」ということです。もちろん買い物もしますが、主な目的は「日本でしかできない体験をすること」なのです。老舗旅館に泊まる、温泉に入る、里山をみる、雪をみる、そば打ちをする、着物を着る、そして“日本を楽しむ”ということには、異国・日本の日常を体験することも含まれます。

日本人に道を尋ねる、電車、バス、タクシーに乗る、コンビニコーヒーを購入する、自分でお好み焼きを焼く、宝くじの列に並ぶ、秋葉原でフィギュアを物色する、そんなリアルな日常体験を求めて日本を訪れる中国の人たちが増えているのです。

上に書いたものは、実際に先ほど登場した筆者の友人が日本で体験した内容です。今回、彼の日本旅行の予算は総額100万円ですが、買い物にかけたお金10万円ほど。飛行機のチケット代15万円を除いた75万円は主に「日本でしかできない体験」に使われました。

また、この友人と一緒に日本を旅行した女性は次のように話していました。

「医薬品はともかく、化粧品や生活用品、家電にしても、最近はネットを使えば中国にいながら日本製品を購入することができる。昔みたいに中国で買うとべらぼうに高いということも減ってきているし、注文したら翌日には届くECを使ったほうが楽。

友人に『日本で○○買ってきて』と頼まれるのも面倒だから、周りには『今回の日本旅行では買い物は一切しない!』と宣言してきたの。今回の日本旅行、最大の目的は、和服を着て京都の伝統的な屋敷に囲まれた小さな道を歩いて、その写真を撮ることよ!」

 

個人旅行で日本を訪れる中国の人たちには、このような考え方の人が少なくないのです。

そんな個人旅行客が日本にやってきて、中国語の看板、中国語のPOP、店員はみな中国人という環境を目にしてしまうと・・・自分が想像していた日本がそこにはなく、興ざめしてしまうというのも理解できることだと思います。

これは日本人でも同じことが言えるのではないでしょうか。初めて訪れた外国で日本語のメニューがあったり、日本語ができる人がいるととても安心できて助かります。けれども、少し慣れてくると、目につく看板やPOP、聞こえてくる言葉が日本語だらけだと、外国に来ているという異国情緒が無くなってしまい、旅の楽しさも半減してしまうでしょう。

 

 

 

 

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