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日本よ、侍国家たれ。

日本は「サムライ国家」としての意気を示し、いわれなき批判を仕掛けてくる不届き国家に対し、断固反論しなければならない。

●今更だが、正男が後継者になっていたら、・・・

「もう、やめてくれ」と正男氏から正恩氏に手紙。『北朝鮮の内部情報』を入手

ホウドウキョク 3/11(土) 18:39配信

 
「もう、やめてくれ」と正男氏から正恩氏に手紙。『北朝鮮の内部情報』を入手

 

北朝鮮金正男氏殺害事件は、正男氏と異母弟、金正恩氏による後継争いが背景にある。その解明の手がかりとなる平壌中枢の内部情報を入手した。そこには、正男、正恩の両氏に叔父・張成沢氏を交えたファミリーの確執が生々しく描かれていた。


金正日総書記、倒れる……上層部の混乱

金日成主席、金正日総書記、そして金正恩朝鮮労働党委員長。
北朝鮮世襲統治は3代目に入っています。
権力継承の絶対条件は「白頭山革命家系」、つまり金日成氏の血を引くことです。

金正日氏には正男氏、正哲氏、正恩氏の3人の息子がいました。
当初は長男・正男氏が有力視されました。
しかし2001年に成田空港で摘発されて脱落。
後継レースには弟2人が残りました。

ところが08年8月、金正日氏が脳梗塞で倒れると、状況が変化しました。
最高指導者不在、後継者未定の事態に、上層部は動揺。
義弟の張成沢氏が権限を代行する形で混乱は収拾しました。
機密情報には当時の様子が次のように記されています。

【08年9月×日】
・金オクが張成沢を認定した
・趙明録、玄哲海、金鎰チョルら軍部の核心も張についた
・以後、安定したようだ
・つまり権力が張に移った状態

ここに書かれた4人は
金オク氏:金正日氏の事実上の妻
趙明録氏:国防委員会第1副委員長
玄哲海氏:朝鮮人民軍大将
金鎰チョル氏:人民武力部長=国防相
当時の実力者が張氏を支持したということでした。

実はこの時期、正男氏も活発に動いていました。
平壌に戻り、フランスから専門医を招いたりして父親に尽くしていたのです。
……正男氏を支えてきた張氏に権力が移った。
……正男氏も金正日氏に接近している。
この様子が「正男氏が後継に意欲を見せた」との憶測を呼んだのです。

「正恩なら扱いやすい」……張成沢氏の計算

しかし、結果はこれとは異なりました。

【09年1月×日】
・三男が後継者に決まった
金正日の許可を得て、張が地方の党幹部に通知した

内部情報は背景も分析していました。

・張の権力掌握に軍の一部で反発があった
ゆえに張は自分よりも後継者を前面に出したかった
・長男には支持者がいて、張は恐れていた
一方、三男はまだ若く、権力基盤がない
だから権力を維持しやすいと踏んだ

ポスト金正日時代の実権を握る――張氏のしたたかな計算がうかがえます。

後継決定を知った正男氏は父親と張氏にメールを送りました。

金正日氏に「おめでとうございます」
張成沢氏に「平壌で(私の)安全は確保されるのか?」

既に正男氏は身の危険を感じていたのでしょう。
弟からみれば、もはや自分は権力継承の妨げになる「枝葉」「危険分子」――と。
北朝鮮にいた家族全員を北京に送り、本人も拠点を次々に変えました。


 

「もう、やめてくれ」……正男氏が弟に泣きつく

正男氏の不安は現実のものとなりました。

【09年5月×日】
・正男の平壌の自宅が捜索された
・正男は正恩に手紙を書き、FAXで送った
・あて名は「まだ一度も顔を見たことのない弟へ」
・手紙の趣旨は「もう、やめてくれ」だった

このころ、正男氏に近い幹部も多くが権力中枢を追われました。

そして11年12月。
金正日氏が死去し、正恩氏は直ちに権力を握りました。
「排除」の圧力が正男氏にかかり、暗殺の危機にさらされました。
正男氏は正恩氏に手紙を送り、こう訴えました。

「私と家族を助けて欲しい」
「逃げ場も隠れ場もない。逃げ道は自殺だけだ」

それでも正恩氏は敵視し続けました。

母親の異なる2人は別々の家庭に育ち、会うことはなかったようです。

「嫌いだ。除去せよ」

正恩氏は後継争いの末、憎しみと猜疑心を募らせたようです。
残る「白頭山の家系」は、正哲氏と正男氏の息子ハンソル氏。
2人の命運を握るのは正恩氏です。


 

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