日本よ、侍国家たれ。

日本は「サムライ国家」としての意気を示し、いわれなき批判を仕掛けてくる不届き国家に対し、断固反論しなければならない。

●産地・表示偽装…身近なトマト缶の黒い真実

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食の洋食化に伴って、トマト缶の活躍場面が増えている。保存食品であるトマト缶は生トマトとは違って、季節に関係なく常に一定の価格で手に入るのが魅力だ。

野菜が不作の年でも、トマト缶があれば野菜不足を補うこともできる。そんな手軽さから、常にストックを持っている家庭も多いだろう。

農業の世界では生鮮品として売れない、あるいは価値のないB級品が加工品として生まれ変わるのはごく当たり前のことだ。腐ったものやカビが生えたものは除外するが、多少古くなったものや生食でおいしくないものも加工品に使われている。

『トマト缶の黒い真実』(ジャン=バティスト・マレ:著、田中裕子:訳/太田出版)のタイトルを目にしたとき、私はそうした「生食用のトマトとして価値がないものを使っている」ことを告発する内容かと思っていた。

しかし、本書を読んでトマト缶の背後には思っていた以上に大きな問題があることを知った。

問題の根幹にあるのは、行き過ぎた資本主義と自由競争だ。本書で提起されている問題の中には世界の食品産業の危機や移民問題などの社会的な問題も含まれている。

ショッキングだったのはある国で衛生基準を満たさなかった濃縮トマト缶は、アフリカに流れて行っているという事実だ。

アフリカには衛生基準や税関審査が緩く、管理体制に不備があり、公務員が買収されやすい国が多いため、賞味期限が切れてカビが生えたり、害虫が発生したりしているトマト缶でさえも価格を安くしさえすれば買い手がつくという。

 

トマト缶といえばイタリアのイメージを強く持っている人もいると思う。しかし実際のランキングで輸出国第1位に輝くのは、中国だ。

中国は強制労働によって人件費を法外に安く抑え、それを世界中の二次加工業者に販売している。

イタリアの二次加工業者の中には、トマトやオリーブなどクリーンなイメージに目をつけたマフィアの資本が入っている業者も多いという。

大手スーパーが求めているのは価格の安い商品であり、安ければ安いほどよい。マフィアは不法移民を雇うなどあらゆる手段を使って、マネーロンダリングのため、低価格を実現する。

さらに驚きなのは、濃縮トマト缶に水分と塩を加工をするだけでイタリア産と表示できるということ。イタリア産とするだけで、高値で売ることもできるらしい。

 

こうして世界の国々の「ニーズ」によって作られたトマト缶には資本主義の矛盾が隠れている。本書はトマト缶の生産と流通の裏側に横たわる矛盾を暴いたルポルタージュだ。

著者のジャン=バティスト・マレは1987年生まれの新進気鋭のジャーナリスト。2014年に発表したアマゾンの企業潜入記には、多数の賛否両論があった。

本作は前作で厳しい目を向けた読者も賞賛するほど、綿密な取材に基づいて書かれている。事実を淡々と述べるのではなく、小説のような叙情的・絵画的な表現があることも本書の特徴だ。

ミステリーのように伏線があり、最後になってパズルが完成するような作りになっているため読み物としても楽しめる。

 

著者は読者に対して多くの情報を提示しつつも、具体的な解決策を示していない。読み手自身が、それぞれ考え、行動をするよう委ねているのだ。

低品質なトマト缶の多くはアフリカに渡っているということだが、グローバル化の進んだ現代に食べ物の国境はない。

日本も他人事では済まないだろう。バブル崩壊後、経済の回復が実感を伴わない期間が長く続いた。

その結果、安いことは良いことだという風潮が根強く残っている。しかし、本当にそれでよいのか。店頭でイタリア産のトマト缶がこんなに安く売っている!と喜んでいる場合ではないかもしれないのだ。

行き過ぎた低価格競争は必ず破たんを迎える。価格重視の買い物の反動は、健康被害という形で自分に返ってくる。

本書をきっかけに一人一人が、ほころびが目に見えるようになってからではすでに取り返しのつかないことになっている、ということを考えるべきだろう。

文=いづつえり