【中島恵】御宅、森女、社畜…現代の中国語、実は「日本発」の言葉だらけだった 日本と中国は似てきている

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この中国語、なんだかわかりますか?

「御宅」(ユージャイ)、「干物女」(ガンウーニュー)、「森女」(シェンニュー)。

これらはすべて、中国で用いられている「日本語が元になった中国語の語彙」だ。

漢字を見ればなんとなくわかると思うが、「御宅」は日本語の「おたく」を指す言葉で、「干物女」は、人気漫画・ドラマ『ホタルノヒカリ』で出てきた「だらしない女性」を指す造語がそのまま中国語に転用されたもの。「森女」は、ナチュラルでふんわりとしたファッションをする女性を示す日本語「森ガール」が中国語に組み込まれたものである。

 

近年、こうした「日本語発の中国語の語彙」は、アニメやゲーム、ネットカルチャーの影響でその数を増しているように見える。

北京のアニメショップ〔PHOTO〕iStock

 

たとえば、上で紹介した「御宅」はさらに性別で分けられ、「宅男」(ジャイナン)、「宅女」(ジャイニュー)という言葉がポピュラーになっているし、日本語ではやや使用機会が減っているように見えるが、「萌え」は「萌」(メン)や「萌萌哒(メンメンダ)」と表現され、中国ではいまも頻繁に用いられている。ほかにも、恋愛に積極的か否かを示す「草食」(ツァオシー)/「肉食」(ローシー)という言葉も若者を中心に使われている。

さて、日本発の言葉が中国を席巻するという現象は、アニメやネットで日中がつながるようになった現代に「特殊」なことなのだろうか。実はそうではない。

実は「日本発」の言葉だらけ

日本で使われている漢字が中国からやってきたことは誰でも知っているところだ。中国人が日本の新元号「令和」に強い関心を示したのも、中国の漢字との深い縁や親近感を感じたからに他ならない。かつて、韓国やベトナムでも漢字を用いていたが、今では世界で日本と中国(香港、台湾を含む)のみとなった。

〔PHOTO〕Gettyimages

 

同じ漢字を使っているので、もしかしたら、日本人の中には、私たちが使っている日本語はかなり中国語の影響を受けているのだろう、と漠然と思っている人がいるかもしれない。もちろんそういう側面は大いにあるが(漢字そのものが中国発なのだから当然だが)、現代の状況をみると、実際はその「逆」というケースも多い。

現代の中国語には日本人が考案した語彙が数多く使用されている。むしろ、それらがないと現代中国語は成り立たないといってもいいくらいなのだ。

一例を挙げてみよう。

文化、文明、法律、思想、哲学、科学、化学、資本、階級、理性、物理、美術、経済、金融、憲法、権利、義務、常識、時間、文学、主観、客観…

これらはすべて日本人の学者が考案した漢語だ。漢語とは、漢字の字音で構成される語彙のことをいう。

さらに挙げてみよう。

人民、共和国、社会主義共産主義…これらも日本から中国に渡った漢語だと聞けば、日本人はきっと驚くに違いない。「中華人民共和国」という国名のうち、純粋な中国漢語は「中華」だけしかないのだ。

一説によると、現代中国語の社会科学に関する語彙の60~70%は日本語からきたものだという統計もあるそうだ。

「新漢語」が輸出された

日本の漢語について『漢文の素養 誰が日本文化をつくったのか?』(加藤徹著)では独自に次のように定義づけしている。

(1) 和製漢語 「一応」「家来」など。日本人の生活に密着した独特の漢語で、中国人が読んでも意味がわからないことが多い。
(2) 新漢語 「科学」「進化」「民主主義」など。近代西洋の概念や文物を翻訳する過程で日本人が考案した漢語。
(3) 日本漢語 和製漢語と新漢語の総称。

このうち、(2)新漢語は江戸時代末期から明治時代にかけて、日本の学者である西周(にし・あまね)、福澤諭吉中江兆民らが考案したものだという。

中江兆民〔PHOTO〕WikimediaCommons

それまでこうした西洋の概念を表す言葉は、日本にも中国にも存在しなかった。清朝末期の中国でも漢語訳が進められたが、中国人が考案した漢語は廃れてしまい、日本人が作った新漢語が中国でも生き残り、定着した。

 

その理由について、『漢文の素養』には次のように書かれている(要約)。

清朝末期の中国で、西洋の概念の漢語訳を工夫したのは、主として士大夫(しだいふ)と呼ばれる上流知識階級だったが、日本で新漢語を考案したのは中流実務階級だった。彼らが考案した新漢語が優れていたのは、漢文の素養のおかげである」

「西や福澤は若いころ、当時の日本で必須の教養だった漢詩文の勉強をした。中江は少年時代、勉学の環境に恵まれなかったが、漢学塾で漢文の勉強をした。日本の中流実務階級にとって、漢詩文は風雅な趣味ではなく、実社会で仕事をするための生産的な教養であった」

「江戸末期、日本では下級武士のみならず、ヤクザの親分や農民までもが漢文を学んだ。当時の漢字文化圏のなかで、このような中流実務階級が育っていたのは、日本だけである。日本がいち早く近代化に成功できた理由も、ここにあった」

たとえば、中国では「telephone」は「徳律風(ダーリーフォン)」と似た音を当てて訳したが、日本人が考案した「電話」のほうが中国人にはしっくりきた。ほかに、日本語の「手続」「取消」「場合」なども中国語になった。

日本人が考案した新漢語を導入することについて、中国では孫文魯迅毛沢東梁啓超(近代屈指の啓蒙思想家)などが賛成したといわれている。

拙著『中国人は見ている。』の中で、友人の李海氏は日本の大学院で法律を学んだが、その過程で中国の法律用語の多くが、実は日本語に由来することを初めて知り、興味を持ったと話してくれた。

他の中国人留学生も、専門的に研究しないまでも、自分たちが現在使っている言葉の中に、それほど日本由来の言葉があるということに驚き、興味を持つ人は非常に多い。

 

実は「居酒屋」も…

ところで、こうした新漢語から始まり、日中関係が緊密になった1980年代以降も、日本語から中国語になった言葉はたくさんあり、冒頭で紹介した通り、現在になってもまだ続々と増え続けている。

その理由は、中国より早く経済発展した日本が中国社会にあらゆる面で影響を与え、中国は日本文化とともに言葉を取り入れてきたことや、中国が成熟化し、日本人と中国人の感性が似てきた影響が大きいのではないか、と個人的には感じている。

たとえば、中国語の「照片」(ジャオピエン)は「写真」という意味だが、日本人が使う「写真」も近年は「写真」(シエジェン)という読みで中国でも通じるようになった。

ほかにも、もともと中国には存在しなかったもの(日本料理に関する言葉など)で、中国語に置き換えにくいものなどを中心に中国語(中国語読み)になり、定着した。

お酒を飲みながらつまみを食べる日本独特の「居酒屋」(ジージウーウー)はそのひとつだし、「刺身」(ツーシェン)」は、以前は「生魚片」(シェンユーピエン)という中国的に意味を捉えた単語で呼ばれていたが、最近では刺身がポピュラーな食べ物となり、日本語をそのまま中国語読みする人が増えてきた。

〔PHOTO〕iStock

 

ほかにも、日本のうどんは音を当てて「烏冬(ウードン)」に、「日本酒」はそのまま「リーベンジウ」や「清酒」(チンジウ)に、「日本料理」「中国料理」などの「料理」(ジャンル)も中国語では「菜」(ツァイ)というが、「~~料理」(リャオリ)でも理解できるようになり、そのまま表現するようになった。

冒頭ではアニメや若者文化による、中国への日本語の「輸出」を紹介したが、副詞では、中国語ではない「超~~」(とても~)という日本語の表現も若者を中心にチャットなどで使われるようになった。

「写真」「日本料理」などはすっかり中国人に定着しているが、アニメやネットなどの新語はまだすべての中国人に通じるわけではなく、若者中心に流行っていて、正式な文章などで使われるわけではない。だが、漢字の意味から類推して、若者以外の中国人にもそのニュアンスはだいたい通じる。

似てきている中国と日本

私が最近知った新しい日本語由来の言葉は「違和感」(ウェイフーガン)、「社畜」(シャーチュー)、「幸福感」(シンフーガン)などだ。

日本留学の経験がある上海在住の40代の中国人女性は「ここ数年、若い社員が違和感という言葉を使っているのを耳にするようになった。最初は何をいっているのかわからなかったが、これは明らかに日本語からきた新しい言葉ですよね。使い方も日本語とまったく同じで、おもしろいと思いました」と話していた。

 

もちろん、中国語にも「違和感」に近い表現は以前からあったのだが、そのものズバリを表す日本語の「違和感」が、今の中国人の感覚にもピタリと合うようになってきたということなのだろう。

社畜」や「幸福感」も同様で、中国でも長時間労働が問題となっていたり、社会に余裕ができてきて、日々の小さな幸せを模索するようになったりすることで、これらの日本語の語感が中国語に“採用”された。

一方、近年では、逆方向の流れも起こっている。急激な経済成長を遂げた中国から日本にも言葉が輸入されるようになった。国家戦略特区の「特区」は日本より20年以上前に中国で使われていた言葉だし、私が最近読んだ八千草薫さんの著書『まあまあふうふう。』は中国語の「馬馬虎虎」(いい加減)から取ったそうだ。

私の予感では、今の中国語には存在しない「いきがい」や「やりがい」といった、日本人が生きていく上でよく使う言葉も、そのうち中国語になるのではないか、と思っている。中国人の生き方がずいぶん変わってきたと感じているからだ。

同じ漢字を使う国同士、社会的な環境もこれまで以上に似通ってきたからこそ「同じニュアンス」で自然に使える言葉が増え、相互に刺激し合っているのだろう。