武漢市内に突貫工事で建設されている病院(Photo by gettyimages)

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「武漢封鎖」と「チェルノブイリ」の類似性

感染が拡大している新型肺炎は、中国の政治指導体制に重大な影響を与えるのではないか。チェルノブイリ原発事故が旧ソ連崩壊のきっかけを作ったように、新型肺炎は中国共産党支配の「終わりの始まり」になる可能性もある。

中国当局は武漢における初動の情報隠蔽を内外で批判されたために、連日、記者会見を開いて、感染者と死者の数を公表している。それでも、まだ実態には程遠いはずだ。病院に来た患者を収容しきれず、自宅に追い返しているのだから、正しい数字を把握できるわけがない。

 

感染者数について、当初は米欧の研究チームが公表したように「最大で35万人以上になる」という推計もあった。ただし、1月27日時点での改訂版推計では、具体的な数字が削除された(https://www.medrxiv.org/content/10.1101/2020.01.23.20018549v2.full.pdf+html)。状況が流動的で、信頼できる推計値を出せないのかもしれない。

いずれにせよ、感染者数も死者数も増加の一途を辿っており、いつピークを打つのか、現時点では見通せない。日本でも、武漢からの帰国者の中に感染者がいた。数人の感染者で大騒ぎなのだから、武漢では事態の沈静化どころではないはずだ。

 

武漢市内に突貫工事で建設されている病院(Photo by gettyimages)

マスクに防護服姿の当局者たちが武漢駅を封鎖した光景を見て、私は、1986年4月26日にソ連で起きたチェルノブイリ原発事故を思い出した。防護服だけでなく、当局による情報隠蔽と慌てぶりがそっくりだったからだ。

事故がもたらした「共産党崩壊」

チェルノブイリ事故も発生直後、現場の当局者によって事実が隠蔽された。世界が事故を知ったのは、事故発生から2日後である。スウェーデンの原発で働いていた作業員のアラームが鳴り響き、靴から高い放射線量が検出されたのがきっかけだった。

付着していた放射性物質を調べたところ、汚染の発生源は自分たちの原発ではないと分かり、方角からソ連の原発を疑った。スウェーデン政府が問い合わせて、初めてソ連が事故発生を認めたのである。当時の様子を、ソ連共産党書記長だったゴルバチョフ氏は回想録で、次のように記している。

事故の第一報がモスクワに入ったのは、26日早朝だった。……直ちに政府委員会を事故現場に派遣することが決定された。……27日に委員会からの情報が入り始めた。……28日にルイシコフが委員会の活動に関する最初の成果を政治局に報告した。……意図的に隠したという告発に対して、私は断固否認する。単に我々は当時、まだそれを知らなかっただけだ。

事故の直後に政治局会議で行ったアカデミー会員の……発言が今でも忘れられない。……「恐ろしいことは何も怒っていない。こんなことは工業用原子炉にはよくあることです。ウォトカを1、2杯飲み、ザクースカ(注・ロシアの前菜)をつまんで一眠りすれば、それで終わりですよ」(『ゴルバチョフ回想録』上巻、1996年、新潮社、以下同じ)

 

ゴルバチョフ氏は「自分たちは知らなかった」と言い訳をしているが、一方で、自分たちも「アカデミー会員に騙されていた」と認めている。つまり、ソ連が世界に事故を隠した事実は変わらない。そのうえで、次のように関係者を断罪し、事故を総括している。

極度に否定的な形をとって現れたのが、所轄官庁の縄張り主義と科学の独占主義にしめつけられた原子力部門の閉鎖性と秘密性だった。……私は1986年7月3日の政治局会議で言った。「……全システムを支配していたのは、ごますり、へつらい、セクト主義と異分子への圧迫、見せびらかし、指導者を取り巻く個人的、派閥的関係の精神です」

事故は、我が国の技術が老朽化してしまったばかりか、従来のシステムがその可能性を使い果たしてしまったことをまざまざと見せつける恐ろしい証明であった。……それは途方もない重さで我々が始めた改革にはねかえり、文字通り国を軌道からはじき出してしまったのである。

ゴルバチョフ氏は事故の教訓を深刻に受け止めて、グラスノスチと呼ばれた情報公開を武器にして、急進的なペレストロイカ(改革)に乗り出した。それは部分的に成功したが、最終的に共産党体制の崩壊とソ連という国家の解体をもたらす結果になった。

あまりにお粗末な中国の役人たち

ゴルバチョフ氏が指摘した「役所の閉鎖性や秘密主義、官僚のごますり、へつらい」など は、いまの中国共産党にそのまま当てはまる。

読売新聞によれば、武漢市の病院は「許可を得ずに、公共の場で感染状況を語ったり、メディアの取材を受けてはならない」と医師たちに指示していた(https://www.yomiuri.co.jp/world/20200125-OYT1T50233/)。武漢市長は1月26日に開いた会見で、情報提供の遅れを認めたうえで「上層部の許可を得なければ、情報を公表できなかった」と釈明している。

このときの会見で、湖北省の省長がマスクを着用していなかったり、武漢市長がマスクの裏表を逆にしていたり、マスクの生産量を億単位と万単位で間違えたりした。はては、会見後につぶやいた「オレの回答は良かったでしょ」という言葉が動画に流れて、中国のネットで「無能の証明」などと大荒れになった。

 

お粗末な対応を見る限り、中国の当局者たちは、ソ連と同じように、上司のご機嫌伺いを最優先にしただけでなく、そもそも行政能力が話にならないほど低レベルなのがうかがえる。共産主義の独裁体制が何十年も続くと、どの国もこうなる、という証明だろう。

新型肺炎は原発事故より厄介な面もある。原発近くで放射能を浴びれば、健康に障害が出るのは確実だが、新型肺炎は自分が感染しているのかどうか判然とせず、感染していたとしても、必ず死に至るとは限らない。それだけ人々の不安は一層、高まるのだ。

ソ連崩壊は「5年後」だったが…

被害拡大の様相も異なる。放射能汚染は風に乗って、時間とともに拡大したが、新型肺炎のウイルスは人間が媒体になって、中国と世界の各地に散らばっていった。武漢市長は街が封鎖される前に500万人が街を出た、と明らかにした。

そうであれば、今後、上海や北京など大都市が「第2、第3の武漢」になる可能性が高い。潜伏期間を考えると、今週から来週にかけてがヤマ場ではないか。上海や北京が汚染されれば、混乱は武漢の比ではないだろう。今度こそ、中央政府による徹底的な情報隠蔽が始まる可能性もある。いや、もう始まっているかもしれない。

 

新型肺炎で中国経済が打撃を受けるのは明白だが、それは政治体制への打撃にもなる。感染対応のお粗末さに加えて、失業と倒産が増え、政府に対する人々の怒りが増幅する。米国と合意したばかりの「2年間で2000億ドル」の輸入拡大策もどうなるか。内需が劇的に落ち込めば、輸入拡大どころではない。

反政府勢力によるバイオテロが起きる可能性もある。テロリストから見れば、新型肺炎の蔓延は、ウイルスを使ったバイオテロを実行する絶好の機会になる。ウイルスをばらまいても、意図的なテロか自然の感染拡大か、政府には直ちに見分けがつかないからだ。

チェルノブイリ原発事故がソ連の崩壊を招いたのは、究極的には、人々がソ連共産党を信頼しなくなったからだった。ゴルバチョフ氏が書いたように、事故は「国を軌道からはじき出してしまった」のである。新型肺炎も、中国共産党に対する信頼を傷つけているに違いない。

ソ連が国ごと崩壊したのは、原発事故から5年後だった。中国は、どうなるのだろうか。